書評:「いかにして問題をとくか」G. Polya著,柿内賢信訳,丸善出版

 概要

数学者G. Polyaの古典的名著``How To Solve It (1945)''の日本語訳である.日本語版の初版は1954年.文章はやや読みにくい.数学における「近代発見学」,つまり,解答に至るまでの思考過程の分析とその方法論について,著者の考察が詳細に描かれている.読者対象は,どちらかというと学生ではなく,教える側の人間であると私は思う.書かれている事柄は,数学が得意な人にとっては,無意識に実践していることであるし,知らなかったとしても,本書を読んだから,解けなかった問題が解けるようになるとは思えない.数学以外にも応用し得るというレビューも散見されるが,それについても私は懐疑的である(具体的にどのように役に立ったのだろう?).しかし,教える側の人間にとっては,数学教育方法論の原典として,依然として価値はあるだろう.いかんせん,原著初版が出版されてから70年以上も経過しているので,色々と古いことは否めないが,名著を味わう目的で読んでみてはいかがだろうか.下図およびサムネイルは,本書の表紙のうらの次ページから拝借した.

 

 

Review

本書との出会い

「いかにして問題をとくか」・・・いかにも古めかしいフォントと,そのレトロな雰囲気に妙にひかれて,学生の頃,大学内の書店で何度か立ち見したことがあったのだが,結局買わずじまいでいた.高度な数学テクニック・解法を期待してページをめくっとみると,教師と生徒が直方体の対角線の長さの求め方を論じているのだから*1,時代遅れの本だと思って買うことはなかった.

それが最近になって,どのウェブサイトの記事だったか失念してしまったが,名著に分類される本であることを知り,ついに購入に至った*2.しかし文章がどうにも読みにくい.本書の読了率は正直な所,半分を下回っているが,名著といわれる所以は自分なりに理解できたと思う.

誰が読むべきか?

本書のはしがきには,学生と教師の両方が読者対象である旨が書いてあるが,どちらかというと,読むべきは教える側の人間ではないだろうか.理由は,次の項目で述べよう.

数学における「近代発見学」

はしがきにおいて,著者自ら根本的な動機と本書を著した理由を述べている.

《この解法はうまくて間違いがないように見えるけれども,どうしたらそれを思いつくことができるだろうか,[…] どうしたら私は自分でそれを思いついたり発見したりできるであろうか.》
       [...]

いろいろな問題の解だけでなく,その動機や手続を理解しようとし,又それを他人に説明しようと試みて,著者はこの本をかくことにしたのである.
(本書はしがき,  pp. vi--vii,より)

実際に本書では,具体的な解法の発想法や細かいテクニックではなく,解法にたどり着くまでの思考過程(本書の言葉では,思考作用)の分析が主として述べられている.著者はそれを数学における発見学(heuristic)あるいは近代発見学*3と呼んでいる.発見学とは,私はこの本で初めて目にした用語だが,本書でははっきりとした定義は述べられていない.本書のタイトルを真似すれば,「いかにしてこの解法を思いついたのか」を説明する手法のことではないかと思う.具体的には,経験則や格言の類である*4.ただ,本書で述べられている発見学の数々は,数学が得意な人,あるいは,問題を解き慣れた人にとっては,無意識に実践している事柄がほとんどなので,新鮮味は少ないだろう.この発見学が役に立つのは,むしろ,教える側の人間であると私は考える.

先に述べたように,本書では,第I部で直方体の対角線を求め方を指導する場面が描かれている.仮に,この問題を解けない生徒に,解き方を教えなければならないとしたら,どうするだろうか.大半の人は,「まず,直角三角形⊿ABCにピタゴラスの定理を使って対角線ACの長さを求める.その後,直角三角形⊿ACDにピタゴラスの定理をまた使えばよい」と具体的手順を示して終わりではないだろうか.ところが,教える側にとって,なぜこの解き方になるのか,どこからアイデアが出てきたのかを,説明することがしばしば求められるのである.そこで,本書の発見学の出番というわけである.そして,次のような質問が教師から投げかけられる.

分からないものは何でしょう

 本書のp. 12より.太字は原文通りである.

詳細については,本書を読んでいただきたい.しかし,このような教え方をされて本当にわかるようになるのだろうか,という疑問は残る.分かる人にとっては,無意識にやっていることを無理に意識させられて,逆にまどろっこしいことこの上ないだろう.それでも,教える側にとっては,本書のような発見学的な指針や枠組みは重要なのである.本書の名著といわれる所以は,数学の問題を解く過程で,無意識下で働く思考作用を明らかにし,数学教育方法論として提唱したところにあると,私は考える.■ 

*1:御存知の通り,ピタゴラスの定理を2回使うだけで,特に難しくない.

*2:2011年に,NHKクローズアップ現代でも取り上げられたようである.

*3:本書第III部,p.125

*4:表紙のうらに,チートシートのような形で,それらがまとめてある.裏表紙の裏にも全く同一のものが書いてあるのが不思議である.